すみだゆかりの人物を紹介します(三遊亭円朝)

掲載日
2020年12月18日

墨田区で生まれた、育った、暮らしたなど、すみだにゆかりのある人物を紹介します。

三遊亭円朝

三遊亭円朝

画像は、国立国会図書館デジタルコレクション『円朝全集 巻の十』(春陽堂、1927)より
生年:天保10年(1839)4月1日
没年:明治33年(1900)8月11日
職業:落語家

プロフィール

 江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した落語家で、本名は出淵次郎吉(いずぶちじろきち)、父は音曲師の初代橘屋円太郎(たちばなやえんたろう)。出生地は、江戸湯島切通町(現・文京区湯島四丁目)。弘化2年(1845)7歳の時に橘屋小円太として初高座にあがってたが、途中寄席をやめて寺子屋通いをしたり、商家に奉公したりするなど紆余曲折を経ながらも努力を重ね、安政2年(1855)17歳のときに円朝と名乗り、真打となった。元治元年(1864)25歳のときから4年間にわたり両国垢離場(こりば、現・両国)の昼席で真を打ち続けるほどの人気者となった。落語界の大名人となり、「真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)」「怪談牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう)」「塩原多助一代記(しおばらたすけいちだいき)」「文七元結(ぶんしちもっとい)」など数々の名作を生み出した。

墨田区とのかかわり

 明治9年(1876)本所南二葉町23番地(現・亀沢二丁目12番)に移り住んだ。500坪という邸宅は、生涯の内で最も贅沢(ぜいたく)で工夫を凝らしたものだったといわれている。庭の隅には方形萱葺き屋根を乗せた2坪半ほどの庵室があり、就寝・食事・入浴以外のすべての時間をこの庵室で過ごして創作を行っていたようである。明治20年(1887)内藤新宿北裏町(現・新宿区新宿五丁目)へ転居するまでの約11年間に、「松操美人生埋(まつのみさおびじんのいきうめ)」などの噺を創作し、「怪談牡丹燈籠」「塩原多助一代記」などを速記本として出版した。
 明治22年(1889)木母寺(堤通二丁目16番1号)に、三遊派の隆盛を記念して「三遊塚」を建立している。

参考文献

円朝ざんまい―よみがえる江戸・明治のことば―(森まゆみ/著、平凡社、2006)
円朝の世界(岩波書店文学編集部/編、岩波書店、2000)
三遊亭円朝 新版(永井啓夫/著、青蛙房、2011)
三遊亭円朝と江戸落語(須田努/著、吉川弘文館、2015)

著作

円朝全集 全13巻、別巻2巻(岩波書店、2012-16)
怪談牡丹燈籠・怪談乳房榎(KADOKAWA、2018)
真景累ヶ淵(KADOKAWA、2018)
三遊亭円朝探偵小説選(論創社、2009)

CD<語り直して>三遊亭圓朝作怪談真景累ケ淵 全7話(桂 歌丸/口演、2012-15)

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